2030年01月01日

能州紬とは?

能州紬とは?


そもそも能州紬(のうしゅうつむぎ)とはなんでしょうか?

能州紬とは能登半島、輪島市門前町にある絲藝苑(しげいえん)という会社の

創設者である上島洋山(うえしまようざん)氏によって
考案され創り出されたのが能州紬です。

もちろん現在も絲藝苑にてデザインされ

門前町および周辺の織子さん達によって織られてます。

能州紬の歴史は比較的新しく


上島洋山氏が門前町の夕陽に魅せられ

京都・西陣から移り住んだのが約40年ほど前です。

だから、大島紬や結城紬等と較べると知名度は今ひとつ高くありませんが

普段着としての位置づけだった紬を
社交の場で着られるように高めたのは能州紬の功績によるものです。


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2010年01月01日

能州紬が出来るまで

能州紬が出来るまで


ここで能州紬(のうしゅうつむぎ)製作の概略を

簡単に申し上げます。

下絵

元々は能登の夕陽・景色・風景を題材として描かれてましたが
現在では様々な国の風景や芸術もモチーフとして下絵が描かれます。


配色

例えば海も空も山も一見一色に見えますが
実は何色もの色で成り立ってます。

だから能州紬で風景の色決めをするときも
多色使いをすることによって表現します。


染色

糸は始めに海草で下染めします。
そうすることによって能州紬独特の風合いが生まれます。

次に草木染めによって多くの色を出します。

さらに求めている色がでるまで
染める→干す→染める→干す……を何度もくりかえします。


経糸

経糸には真綿から紡いだ糸と
生糸を併用しています。

着尺は2000本以上の経糸を使うので
大変な手間と時間がかかります。


手繍い織り

絵柄は手繍い織り(てすくいおり)で表現します。
機械で量産が不可能な手作りならではの手法です。

きめ細かい作業が要求されますので
細かい絵柄の着尺の場合
織り上がるまで数ヶ月を要することがあります。


このように幾つもの工程を経て能州紬は創りだされてゆきます。

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能州紬織元・絲藝苑…庭

能州紬織元・絲藝苑…庭


金沢のことを「北陸の小京都」と呼ぶことがあります。

能州紬(のうしゅうつむぎ)の織元、絲藝苑(しげいえん)の敷地内は
さしずめ「奥能登の小京都」と呼びたいような雰囲気があります。

とは言っても決して奥能登の中で浮いた存在ではありません。
能登の風景に馴染んで、全く違和感はありません。

その佇まいは能登の自然が絲藝苑全体を取り込んでいったようにも見えます。

そんな能登の自然と京都の風情が行き交う絲藝苑内には作品が常設してあります。




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能州紬織元・絲藝苑…屋内

能州紬織元・絲藝苑…屋内

絲藝苑(しげいえん)のちょっと重めの格子の引き戸を開けると
編み笠や番傘などが目に入り
格子の天井と供に非日常的な雰囲気を醸し出しています。

玄関を上がって右の部屋が展示室ですが
まず、左の「囲炉裏の間」で少し休憩しましょう。

今となっては囲炉裏も珍しいですからね。

奥のタイル敷きの間でも休憩できます。



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能州紬織元・絲藝苑…小物

能州紬織元・絲藝苑…小物


サア、それではそろそろ絲藝苑(しげいえん)の展示室にまいりましょうか…
と、その前に絲藝苑内では
能州紬(のうしゅうつむぎ)の小物類の販売もしてますので
展示室横の小物売り場を覗いてみましょう。

こちらには、能州紬で出来た道中財布、数珠入れ、おしゃれ巾着や
海草染めのスカーフ等多数のアイテムの小物が置かれてます。

能登のお土産にもピッタリなため
見学に訪れた観光客で買われていく方も数多くいらっしゃいます。


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能州紬織元・絲藝苑…展示室

能州紬織元・絲藝苑…展示室

※2010年(平成22年)4月以降常設展示はしてません

絲藝苑(しげいえん)の展示室に入ると「能州紬(のうしゅうつむぎ)の世界」が堪能できます。
キモノ好きが訪れればため息のでる空間でしょう。

能州紬は一点数十万円から数百万円します。

写真では理解しがたいでしょうが、
実際に拝見するとその良さ、高級感というものが伝わってまいります。

好き嫌いはあると思いますが、よほどキモノに嫌悪感を持ってる人で無い限り
この良さと高級感を否定する人はいないはずです。

もちろん男物もあります。

海草で下染めした絹糸を、草木染料で多くの色を表現し
他様々な工程へて糸が出来上がった糸を使い
一品一品「手繍い織り」で絵柄を表現するので大変手間隙がかかる為
値段が高くなるのもうなずけます。

粗悪で安価なシロモノとは明らかに違います。

粗悪で安価なキモノが恥ずかしくもなくでまわっている現代であるからこそ
能州紬に限らず「本物」が光って見えます。


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※2010年(平成22年)4月以降常設展示はしてません
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能州紬織元・絲藝苑…工房

能州紬織元・絲藝苑…工房


絲藝苑(しげいえん)の趣ある外階段を登って行くと工房があります。

実際のところほとんどの作品は織り子さんがそれぞれ構える工房にて創られます。

この絲藝苑本社の工房では常時数名の織り子さんが作業しており
予約さえしておけば見学(300円)・体験織り(5775円〜)が出来ます。

もちろん展示室の作品も購入もできます。


能州紬(のうしゅうつむぎ)は様々な工程を経て完成します。
しかも一点一点手作りで、柄も「手繍い織り」で絵柄を表現するため
同じ作品はこの世に一つしかありません。

合理的な量産は不可能です。
効率優先した量産品を安く売った方が楽でしょうが
作品の性質上それはできません。

それだけに価値の高いものになってます。


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能州紬アレコレ…能州紬と門前町について

能州紬アレコレ…能州紬と門前町について

能州紬織元・絲藝苑(しげいえん)は石川県輪島市門前町千代にあります。

読み方は「もんぜんまち せんだい」です。
「もんぜんちょう ちよ」と読み間違えられる事が多いです。

この門前町、曹洞宗のかつての本山「総持寺」の門前町として栄えました。

元々は福井の永平寺と並ぶ曹洞宗の二大本山の一つだったのですが
明治時代に大火にあい、本山は横浜の鶴見区に移転してます。

そしてその後門前町の総持寺は復興して
「総持寺 祖院」として現在に至っております。

かつては曹洞宗の本山が存在したことと
「北前船」の寄港地だったこともあり栄えたようです。

昔は大陸に面していた日本海側が「表日本」でした。
しかも能登半島は大陸に向かって突き出した地形のため
まさに大陸への表玄関だったようです。


戦後は外国航路貨物船の船員となる者が多く
「船員の町」としてそれなりに賑わってました。

しかし特にコレといった産業がない上に
貨物輸送手段が海路から空路に変わっていったこともあり
貨物船の衰退と供に門前町の過疎化が進みました。

1956年に門前町と剱地村が合併した頃は人工約19000人でした。
その後過疎化が進み、平成にはいってからは約8000人の人口となり
その後も人口は減り続けてます。

しかも門前町は石川県で一番65歳以上の高齢者のしめる割合が高いです。

過疎化が進むなかで能州紬そして絲藝苑は誕生しました。
産業らしい産業がない門前町において
能州紬(のうしゅうつむぎ)織元・絲藝苑の存在は大きいです。

しかしながら近年の不況と外国製品の攻勢で
能州紬織元・絲藝苑は苦戦を強いられてます。

でも粗悪な外国製品がいつまでも通用するとは思えません。
能州紬の良さが再認識される日も近いでしょう。

今でも能州紬の根強いファンは多いのですから…
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能州紬アレコレ…織り子さんについて

能州紬アレコレ…織り子さんについて

能州紬(のうしゅうつむぎ)は一点一点手作りで
前述したように絵柄を手繍い織り(てすくいおり)で表現するため
織り子さんには高い技術と忍耐が求められます。

そして何より着物作家の意図を読み取ることが出来る感性も必要です。

上島洋山氏は数々の賞を授かってますが
これは他の繊維織物に較べて
織り子さん達の功績の比率が高いといえるでしょう。

上島洋山氏が受賞した賞と同じだけの賞を織り子さんに授けるべきだと思います。

そうしなければ上島洋山氏の授かった賞の価値は半分以下になります。

主役にだけスポットライトを当てるのは片手落ちです。

そうは申しましても能登の土地柄か
織り子さん達は表面に出るのを好みません。
あくまでも裏方に徹します。

案外こういう気質が能州紬の良さを引き出しているのかもしれません。
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作品に名前

作品に名前

能州紬(のうしゅうつむぎ)は「作品」と呼ばれております。

絲藝苑は企業であり、そこで生み出されるのが能州紬であるのだから
本来ならば製品と呼ぶべきでしょう。

しかしあえて「作品」と呼ばれております。

それは一点一点が手作りで「絵画」や「工芸品」を
思い浮かばざるをえないからです。

それと一点一点に名前が付けられてます。

そして作家の名前も一点一点に織り込まれてます。

このようなことは大量生産品ではあり得ないことです。

それに能州紬の場合は
一点の着尺を完成させるまでに数ヶ月を要する場合が多々あります。

それを考えただけでも「作品」と呼ぶ価値は充分あります。

そして作品には名前が付けられるのが当然の成り行きと言えます。
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